顔の趣味
10.3 30秒のラッシュ。ラッシュを一通り見たあと、講評の途中で抜け出してロビーで伊藤さんと一杯。講評は13時からなのに20時すぎまでも。マスクをした古澤さんが来て、混ざって一杯。終わってからむらさきで一杯。何杯飲んでも「一杯」、っていうのはいいなあ。
10.4 そういえば、この時期のアテネでやってたフランス映画の秘宝特集でジャック・ドゥミの『天使の入り江』をみていた。会話している人物を、ひとりひとりのカットバックとグループショットで切り取っているシンプルな手際に好感。映画のラストもぜんぜんハッピーじゃないのだけれど無理やり音楽で機械仕掛けにハッピーエンドに収束させる乱暴さ(そういえばファーストカットから早すぎる爆走移動カットがあると何かで読んだけどあれも乱暴やったなあ)も好感。というか個人的に雑な?ポップソングとかローファイなメロディラインやらが好きというのがあるからかもしれない。見にいったら森井くんがいた。一緒に見た。
10.5 バイト。
10.6
10.7 バイト。夜、早稲田の茜屋屋珈琲店の跡地に新しくできたカフェ、ログカフェでのライブイベント。オワリカラのタカハシヒョウリによるソロなど。そこで拓さんから聞いていた五月の村おこし、やるならほんとにやろうぜとちょっとアニーと相談。夜中、監督からタイトル変更しようと思うという旨がメーリス配信。撮影時とガラッと変わったタイトルに。
10.8 野球を見に行こうかと思うだけ思った。結局いかなかった。愛がないな。合掌。
10.9 朝から「江戸の悪太郎」をみる。二度目。大川恵子が親の決めた結婚相手に嫁に生かされるのが嫌で家出。長屋の浪人宅へ少年に扮して転がり込む。嫁入り前の娘が「お、おいら…」といいながらすってんてんの着物を着て男児の振りをしていやいやと俯く。無茶のある設定(時代劇というコスチュームプレイのなかでガキんちょに男装させて二重にコスプレさせている)に、おいおい、と普通は茶々をいれたくなるところだけれど、大川恵子のすらっとした顔立ちと相手を伺うようなおどおどした目の感じで「おいら、先生のことすきなんだよう」と言われたら、そうかそうかとニコニコして見ることになる。
ぼくが好きなだけです。
10.10 夜、冨永組の打ち合わせ。進行の確認。後、むらさきで飲み。山形が会計をひとりで失敗し、(というが彼が大きい札で払ったのに自分のお釣をもらわず、残額をみんなに配布)すこし奢ってもらったかたちになった。ごちそうさま。
10.11 午後、西荻窪をロケハン。見たのは骨董市の会場となった一軒屋。天気がよく気持ちのいい散歩になった。公園でビールを飲んだ。夜、高円寺でマティとぐっさんを呼び出しホルモンと串揚げをはしご。その後、とみがバイトから戻り一緒になってみんなでラーメンを食った。
- [2009/11/11 13:08]
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Call me SOBA(by Gunni)
9.23 記憶なし。
9.24 屋上にてまたしてもBBQ。聡くんと玲とたまたま出会い、美学校の面子と一緒によびこむ。前回の反省を生かして掃除を、と思ったら山形が一升瓶を割る。酒がもったいないー。とみが「体調悪いので帰ります」と死にそうな咳をしながら言う。そら帰り。おみやげに焼きおにぎりを持たせる。
9.25 バイト。夜、積み込み準備。明日は30秒実習。山田さんとむらさきへ。
9.26 30秒実習。山田さんにそばをもらう。なぜか古澤さんも30秒撮影。久しぶりに露出を計ったら、陰影のバランスがまったく決められん。美学校でやったことを時間がたってすべて忘れる。今日はフリーでふらふら動いて、午後は古澤班にまわる。例外的に2カットまわす。しっかり考えてやっている。何だかんだ言って、えらいとおもう。夜、むらさきで打ち上げて、機材の扱いも含めてまったくなってねえ。あめえ。と山田さんから叱られる。反省。おめえは撮影やりたいのか、演出やりたいのかどっちなんだよ、と聞かれて「演出がやりたいです」と答えると、おめえふざけるな、おめえ今まで俺がおしえてやったのは無駄なのかよ。おめえ、甘すぎるんだよ、と叱られる。反省。が、これはあんまり反省しない。だってぼんやりと開き直って自分なりのやり方でやるしかないと思うからそれはしょうがないではないかと思うからですな。とはいえね、どちらにせよ両方にせよ甘いのは甘いので、一個、一個やらんとしょうがない。なにをするにも鬱屈とした気分がなかなか晴れないな。後生鬱屈、晴れがたし。
9.27 30秒実習。アシスタントに加え今日は車両部も。配車して八重洲の地下に返却。夜、美学校で打ち上げ。山田さんに昨日はごめんねと言われる。いや、怒られてもしょうがないですよ、自分は。面倒くさがらずにもっと勉強せんとなあ。詠嘆。
9.28 バイト。
9.29 病院外来。レミケードをぶち込む。そばを食う。銀座シネパトスで大島渚の『戦場のメリークリスマス』を見てにやにやして高揚する。たららららーん・たららららららららららん。たけしのいたずら小僧の気性、ボウイ師匠の危うさ、教授のふああという腰抜け具合。ラストカット、以前古澤さんらと話していた「もしも筒Iさんが○○にキャスティングされていたら」という馬鹿話で、そこで「もしたけし役にキャスティングされていたら」、という話をしていたのを思い出した。ラストのどアップでたけしと筒Iさんが重なって見えた。怖い。たららららーん・たららららららららららん。メリークリスマス、ミスターローレンス。
9.30 バイト。美学校へ行って吉岡Pに渡す予告編用の編集テープを取り置いてもらう。夜、高等科のゼミで大工原さんから挙がっていた『山田村ワルツ』をようやく見る。感想を送る。
10.1
10.2 バイト。
- [2009/11/09 12:20]
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秋のBBQ
9.12 「日記を書くのに時間を置いてから書く。なぜなら、すぐ書いては経験した各出来事への印象が均等に強すぎて本当に書くべきことを取捨選択する妨げになる」、というような趣旨を内田百鬼園先生の言として読んだ覚えがある。が、一ヶ月以上の前のことを書こうと思っても、何が起きたか、どう思ったか、自分が何をしたのか、サッパリ覚えておらずまったく記憶が無い。ひょっとして一ヶ月は時間を置きすぎなのか。あ、当たり前か。やはり日記はそれなりにフレッシュな内に書いた方がいい。と思う。時間を置きすぎるとその時に生きていた印象すらない。(それも言い過ぎ)
9.13 だから、過去のことを書こうとすると何も覚えていないからフィクションになる。この時期はナスの油いためを作って食ったりしている。たぶん。秋茄子は秋の味覚だからさ。この時期はさ。
9.14 バイト。夜、池袋の文芸座で「いれずみ判官」、「次郎長三国志」(1963年の東映版)。前者、見事なまでにストーリーを忘れていて、どんな話か全く思い出せない!だから時間をおくといわんこっちゃない!と、ネットで検索を書けたら沢島忠監督で、木場でけんか吹っかけたり、屋台の麺食おうと思ったら死人がでたり(あ、藤純子が確か屋台の娘さんじゃなかったっけ?どや? どやって、見てたんやったら普通覚えている事やけど… あ、藤山寛美がいつもお世話になってる木場の親方に、「お礼に毎晩出前にいくんや」と、言って出かけて、出前に行くと「お、親方が!殺人事件や!」という)、縄張り争いからの陰謀や、癒着や賄賂やらどろどろと出てくる、多分そんな話だったんじゃないかと思う。思うって見たんじゃないのか、寝てたのか?寝てたかも。いや…うーん。確か途中から乗れなくなって、ここをこうしたらいいんでないかと考えているつもりで面倒くさくなって寝たのかもしれん。くっ。一ヶ月前のことでも案外おもいだせるやないか!じぶんが駄目な事が鮮明にっ!…後者、マキノ雅弘。以前見たときは、「やはり東宝版の躁病的幸福のあるクレイジーな次郎長三国志と比べてしまうとどうしてもおちる気がするなー」と思っていたが、しばらく時間を置いて見直してみたら、これはこれとして面白い。こちらと比較してみると役者・キャスティングを考えるよい比較になる。これは前に見たときから思っていたが(というかよく言われていることのようだけれど)中心に座る次郎長役の小堀明男と鶴田浩二の比較をすると人間の陰陽が逆なので、躁病にみえるか、鬱病に見えるかという差がある。どちらの親分がクレイジーか。また鬼吉役の田崎潤と山城新伍の比較。ここでは愚直さとスマートさ。田崎潤がやるとガチで知恵遅れなのかと思うほど心を打つ愚直がある。親分にたいして、おせんちゃんにたいして。山城新伍の方にはスマートさ、軽さ、知性、みたいなんがあるように見える。東宝版のほうが古いので、基準を東宝版におくとそら当然東宝版になってまうけれども、比較ではなく役者をみたらどうだろうか。役者、というと人柄やその人の見た目になるか。そう思うと、東映版の鬼吉・山城新伍とかっていいんやないのか。甘えん坊さ、みたいな陽性の魅力が出てるように見えるし、松方弘樹の関東綱五郎と山城新伍が藤純子のおせんちゃんを狙う恋の駆け引きなんかは二人とも本気ちゃうかと見えてきもちいい。
9.15
9.16
9.17
9.18 アパートの屋上でBBQ。至福。うまい。へっへ、何を焼いたかは教えてやらん。秋刀魚と肉とサザエと本ししゃもと焼きおにぎりとかしわとするめとアサリと。わはは。
9.19 美学校で工藤さんインタビューの仕込み。山田さんのお手伝い。後、むらさきで飲み。一旦会計して店を出て、美学校のロビー戻ると古澤さん。「飲むぞ」と、むらさきにもう一度入り、さっきと同じ席に通され、飲み。その後、打ち合わせを終えてぞろぞろ出てきた初等科生たちと大工原さんが合流して、魚民に移動して飲み。「お前は飲み会要員だな」と古澤さんに言われる。
9.20 浅草名画座で「仁義なき戦い 頂上作戦」「賞金首 一瞬八人斬り」「暗黒外の顔役」をみた。前者、菅原文太がだんだんいじけてくる感じがつのり、看板もって出世してえらくなったのにままならん、一方、昔の文太のように血気はやった若者たちがドカンどかんと関係・後先考えず突っ込んでいくのは気持ちよかった。中者、若山富三郎が賞金稼ぎの医者で、幕府の密命を受けて金山の陰謀に突っ込んでいく。タイトルの一瞬八人斬りは文字道理に人を切り殺すのかと思いきや、フトコロからショートライフルを取り出しぶっ放し敵をやっつける。切り札はピストルだ!タイトルは知らん!と、何も考えていない感じがあっけらかんとある種の魅力。後者、弟と息子を人質に取られて河津清三郎と田中春男のコンビ(同じやくざの組なのに)にいじめられて鶴田がいじけているのがいい。が終盤、三船敏郎が営むボロ自動車工場での決闘に向かう辺りから急速にシナリオが消化不良感がでてきた。岡本喜八が引き継いだマキノ組と黒澤組のいいとこ取りか。(*後で調べたら黒澤さんの助監督はやってはらんかった。すんませぬ。。)けれどうまく行っているところと行っていない所が同居している感じもした。三船敏郎が、血が滾っているのに気弱におどおどして田中春男に虐げられているのなんか見ていて楽しい。なんとなくSっ気がもちあがる。
9.21 記憶なし。
9.22 工藤さんのインタビューの撮影。昼から始まり夕方には撮了。インタビューは難しいなあ。もっといろいろの事を聞けると良かったろうに、とインタビュアーでもないのに反省。機材バック後、飲み。冒険した八重洲南の店がいまひとつ。白木屋で飲み直し。山頭火でラーメン。山田さんに奢ってもらう。ご馳走さんです。しかし、山頭火のラーメンはいかんという言をうける。うすい。ぼくもそうおもう。
- [2009/10/26 03:51]
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画繋ぎフィックス
9.9 日中バイト。夜、編集作業。昨日の試写の後、監督にちょっといじりたいからと言われていた。1stシーンのアクションつなぎっぽく見えるカットが続くところを、しっとりつなぐ繋ぎに変更。個人的にもこの大ロングからフルショットへの繋ぎは間合いとしてじっくり見たいところだ。なのだけど、実際はそういうタイミングで繋ぐには今回の芝居のタイミングからするとアクションで繋がざるを得ない。しかし、そうすると、じっくり見せるつもりで長く使っていたカットがその後に続くカットのつなぎとあわさって、逆にぱっぱと進んでいるような印象になってしまう。それゆえの、しっとり繋ぎになった。監督のみょうな嗅覚にははっとする。他、微調整して画繋ぎアップ。あとは整音を待っての最終調整になる。作業後、昨日の試写の感想を求められ、負けてられないなあという気になりましたと言ったら、「へっへっへー」と子供のように笑った監督の妙なお茶目さにほっとした。その後、隣室で作業中の大工原さんをのぞくと、「井土さん、ちょっと意見を聞かせてください」と編集作業。一見した後、作品にコメントする井土さんの的確さにびびった。なるほどな、確かにそうしたほうが芝居が締まる、という着目。「登場人物の第一声をきかせること」について聞いて、シナリオ的な発想からかとおもったら、ただ、シナリオ的な見方というのとも違う、みょうに鋭い感覚に野生動物を思わされて、おおおっと思った。映画は物語(シナリオ)・現場(演出)・編集()という三つの頭を使い分けんといかんという話を思い出す。ムラサキで『行旅』の感想をお話しする。澤井さんや山根さんの話を聞かせてもらう。後から、谷脇組でミーティングしていた面々もきた。
9.10 ロケハンというのか、シナハンというのか、千葉へドライブ。冨永組の初行動。といっても、シナリオ直し(というかほぼ書き直しとなるのか?この先次第だろうか)にはいったところだから、まだまだどうなるかわからない。思考を刺激できるような場所が見つかればいいな。と、集合時間にオンタイムで来ているのがおれと監督だけというのも問題が。チーフはバイトで、制作チーフは車両で遅れた由。東京近郊といっても千葉は井土組でうろうろロケハンしていた埼玉とはずいぶん違う。場所の印象と言うのか、土地のにおいとでも言うのか、土壌、土地の空気感ががらっと違う。火山灰でできた関東地方の地盤が、一つ別のものに変わったという印象。個人的には埼玉の感じよりも好みだ。一軒家を見て、その後は我孫子から印旛沼の方へ回る。車から降りて川をウロウロ歩いてみると「船にのってやってくる」という提案が生まれた。いいんやないかしらん。戻る。渋谷で車を返す。お好み焼きが食べたかったが、お金が無いので大戸屋で晩飯。
9.11 バイト。夜、文芸座で『ギャング対Gメン』、『誇り高き挑戦』。鶴田浩二特集で深作の2本立て。うーん、個人的には両方ともあまりピンとこなかった。前者は、鶴田浩二の華のなさを感じてしまい、映画の中で中心人物として組み立てているのが何か厳しく見えてしまった。鶴田浩二はスターなのだろうけれども、華があるというよりは陰があって陰気臭い役者さんにみえる。そうしてスターといえども、キャスティングの段でその人をうまく使わないと映画としては勝負ができないのではないかいなあ。そういえば、と、映画はキャスティングで大概決まるという話を思い出す。後者、白黒になった鶴田は悲哀が際立ちいい男に見える。カラーと白黒では人物の存在感も変わるのか。フィルムの写し取るものが変わるのか、カラーで陰と思えたものが白黒では際立つ悲哀として好感に変わる。といっても2本の間でただ演出と話の組み立て方が違うだけかもしれないから、何かあやふやなままでもあるが、白黒役者陰影論とでも呼べば何となく成り立つやろ、と乱暴に仮論理立てする。勝手な観客である。後半のシナリオの展開は個人的にはあかん気がした。やはり勝手な観客である。
- [2009/09/28 14:56]
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行旅死亡人
9.5 登戸駅に集合なのだが、知り合いが誰も来ない。集合時間は13時。いまは12時50分。オンタイムでマティが来た。一年ぶりくらいか。ひさしぶり!おくれて、買出しをしていた面子と、なんでもないけど遅れた面子がきた。川原に移動してBBQ。誰も焼かないので勝手に炭をおこして奉行になって自分が焼いた。みんな知っている人とばかり話して知らない人とあまり絡まなかったので、良くなかったなあと思う。自分も焼くことに専念しすぎた。発泡酒を飲んでキャッチボールをした。女に久しぶりに会った。
9.6 文芸座で『清水港に来た男』、『海賊八幡船』。前者、大川橋蔵が行き倒れのようにして清水にやってくるところから始まり、田中春男夫婦の家に上がりこんで家人もいないのに勝手にカツオを食べてお酒を飲んでやっていく。おお、いいなあ。というキャラクターと、後半急に明かされる実は彼は勤皇の志士だったという落ちが自分の中ではうまく結びつかない。でも、おもしろいんだやけどな。マキノと見比べると後者、芝居を作るということを考えさせられる。芝居を作る、というのもそうだが、どういったカットでどう撮るのか、やっぱりそれも考えんといかん。それから、編集にしても短いカットをぱっとつないでいるがスイングには至っていない。ただカットの頭や尻をつめればいいというだけでもない。芝居と演出をかみあわせていかんことにはいかんのだろうとは思う。うーむ。芝居、という言葉で考えることが広すぎる。芝居、という定義をもうすこし自分は自分でうまくやらんと自分の考えを作ることができない。なので、混乱と倦怠がいつも以上に渦巻き続けている。まずはここからの脱皮。夜、美学校映画祭。9期の玉川さんの『憧れの人』と10期の川邊さんの『見知らぬ恋人』。「見知らぬ〜」、フランス人ハーフ役者の軽さが極上でおもしろかった。後、11期生だけになったので天狗で軽く飲んで帰った。
9.7 バイト。夕方から三軒茶屋に移動。昨日の朝、先輩から電話があって「今日、ヘルプスタッフやってくれ」と言われていたのだった。しかし、「詳しいことは後で連絡するわ」と言われたその連絡がまったくなく、こちらからかけても繋がらない。現場中やったらなかなか連絡とれんやろうなあ、まあすこし待つか。と仕方なく、三茶で茶をのんだり定食屋で飯を食ったりして時間をつぶす。いつの間にか夜の22時になっていた。悲しくなったので、青木に電話して彼の家の近くで終電まで飲んだ。結局電車を逃して情けなかった。
9.8 朝から浅草へ。小便臭い名画座で『日本大侠客』、『仁義なき戦い 広島死闘編』、『男はつらいよ 寅次郎真実一路』。前者、二度目だったが鶴田浩二の陰気さと役柄の図太さをどう考えるかで評価はかわりそう。前半の名を上げるまでの慕われ方や行動の仕方に違和感を感じなくもないが、後半からお竜と夫婦になる約束を交わしておきながら、お竜が居なくなっている間に女中と結婚してしまう男の後ろめたさ。しかもお竜が居なくなっていたのは鶴田の金を作るためだったのに…。という綾がつく辺りから鶴田のキャラが生きてくるようにおもう。シナリオの力か。中者、人がばたばた死んでいって激しくけんかが起こってドン!ドン!と字幕が力強くあふれてくるのだが、それよりも北大路欣也がヒットマンにされてふらふら右へ左へ上役の意図や抗争の渦で振り回されて、結局女と添い遂げられないのが悲しい。むしろ喧嘩や死人には心が動かない自分がいる。反論できない力強さで撮られていながらどことなく起こっている出来事を眺めているような客観的なつくりだからだろうか。音の問題だろうか。視覚的に激しいのに音は機械的な問題かそこまでではないようにも思うので(これは見る環境にもよるのでなんとも言えないけど)一概には言えないか。自分は今まで人情ドラマなんて、けっ。となんとなく敵にしていたような気がする。が、実際いま、その自分が反応しているのが人と人の綾だったり、人情だったりするのはなぜだろう。起こった出来事を客観的に撮られたようなのにはそこまで反応しない。後者、寅さんでもその一面はあって、とろくさいのだけれども意外なことに渥美清の芝居で画面が持つ。それでずんずん進行していく。浅草名画座は寅さんの一挙手一投足に爆笑。そのせいもあるだろうが、山田洋次の倫理(演出といったほうがいいのかな?そんなみてないから何ともいえないが、脚本は上手なんだろうとおもう。その先、現場で演出するのがどうだろうという所か)はどうだろうと思うことはあるものの、見ていていやな気持ちはしなかった。寅さんや倍賞千恵子の芝居のおかげ。とはいえ、途中で出てしまったのでラストを知らないし、その結論はとりあえ保留。たぶん、今までの自分はダイナミックさやらそういうものでしか映画を見ていなかったのだろうけれど、シナリオ的に見たりしようとしているせいか、役者の芝居を見ようと思っているせいか、見方も変わっているのかもしれん。普通の客としてみれば寅さんがまったく受け付けないというのも分かる。その反対もよく分かる。急ぎ足で出て京橋へ。『行旅死亡人』の試写は満席で滑り込み。おもしろかった。後半になって一気にフィクション度が上がる。それをどう見るかで評価が分かれそうだけれども、監督の昭和への意思というか、見せ物としての映画への意思というか、そこへ愚直に突っ込んでいく男気に感嘆してしまう。その愚直さと突っ込みぷりが、先ほど評価が分かれるかもしれないといったこととも繋がるのだが、300万ちょっとの予算で、ほぼ素人の役者もつかって、インディーの低予算で映画を撮ること、しかもスタジオ(昭和)を志向してやることの問題点と現在の確かな到達点、と、そうしてある種の限界もあるような気がする。むずかしいな。個人的な注文としては音をもう一息つめてほしかった。おまえだけちゃうかと言われたが、シーンの途中で変な高周波音ノイズがなっているところがあったので。でもぼくはおもしろかった!何より長宗我部陽子さんがかわいい。
- [2009/09/16 11:07]
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